州概要
【正式名称】
State of Hawai’i
【ハワイの名前の由来】
複数の説があります。
ポリネシア語で「神のいる場所」、島の発見者の名前「Hawai’i Loa」にちなんで、またはポリネシア語の合成語で「新しいホームランド」という意味を持つと言われています。
【面積】
16634.52㎢
【人口】
1,262,840人
【州都】
ホノルル
【言語】
英語・ハワイ語
【州歌】
ハワイ・ポノイ (Hawai’i Ponoi) カラカウア王作詞
【州旗】
赤・白・青の3色で8つの島を象徴する8本のストライプと左上に英国旗のユニオン・ジャックが配置。
【州花】
黄色のハイビスカス (Hibiscus-yellow)
【州木】
ククイ (Kukui) 別名「ろうそくの木」ハワイアンが灯りや薬ようのオイルを抽出していた。
【州鳥】
ネネ (Nene) 別名「ハワイアン・グース」ガチョウの一種。保護鳥に指定されている。
【州の動物】
ザトウクジラ (Humpback) ハワイ近海に訪れる。
【ハワイ諸島の誕生】
ハワイ諸島は数百万年昔、海底火山の大噴火により大洋の真っ只中に出現しました。西から東へと順に誕生したことが判明されています。カウアイ島で約500万年前、オアフ島で500万〜300万年前、マウイ島が200万年から100万年、一番新しいハワイ島が100万年前といわれています。現在も火山活動とサンゴ礁の増加により年々島の総面積は増大しています。
【最初に定住した先住民達】
西暦500年から900年の間に、マーケサスやタヒチの島々からポリネシア人が渡り定住したといわれています。彼らは、家族だけでなく家畜や家財道具、各種の土地の植物などを運んできました。また、多神教の宗教も持ち込まれました。1778年に太平洋を探検中にキャプテン・クックが来航するまで、様々な文化を融合し発展してきました。
【キャプテンクックの来航】
1778年にキャプテン・ジェームス・クックが来航し、ハワイ諸島が発見されました。当時、島の人々はクックを「豊作の神ロノ」と信じ友好的に迎え入れました。さらに北へ向け出港しようと、クック一行は十分な準備を整えて海へ出ます。しかし、嵐で船が破損し引き返すことになったのです。その際ボートの道具が島民に盗まれ、島民側と乱闘になってしまいました。負傷したクックをみて、クックがロノ神でないことがわかり、クックは惨殺されてしましました。
【ハワイ王朝の成立】
1795年になると、対抗するオアフ、カウアイを制圧し、カメハメハ大王の統治によるハワイ王国が成立します。大王は古代の神を崇拝し、独自の複雑な階級社会を維持しながら、国を統治しました。
【キリスト教宣教師たちによる西欧化】
1819年のカメハメハ大王の没後、カメハメハ2世は、西洋文化を熱心に広めていきます。折しも宣教師たちが次々に来航するにつれて、ハワイ独自の文化は次第に衰退していきました。
【ハワイ王朝充実とサトウキビ産業の発展】
1850年にはカメハメハ3世のもとで、王国の首都はホノルルに移り、ハワイ王国は充実期を迎えます。1835年にはカウアイ島にサトウキビ・プランテーションができ、アメリカの重要な砂糖供給地として、経済的発展をとげていきます。
【王朝の終焉と共和国の誕生】
1854年のカメハメハ3世の死後、続く3代の統治者が短命でこの世を去ります。次のカラカウア王の時代になると、砂糖に関税がかけられ、またプランテーションを経営する白人勢力の対立も激化の一途をたどります。1891年にはリリウオカラニ女王が即位しますが、1893年にクーデターでハワイ王朝は崩壊し、ハワイ共和国が誕生します。
【日本人のハワイ移民】
日本人の最初のハワイへの移民が行われたのは、1865年の明治維新の年です。日本の国策として移民がはじまったのは、1868年のカラカウア王の時代のこと。当時ハワイで急激に発展していたサトウキビ産業での労働力を確保するためでした。カラカウア王は親日家で、1881年には日本を訪問しています。
【アメリカ合衆国へ】
1898年、アメリカ議会でハワイの併合が決まり、1959年にはアメリカ50番目の州となりました。
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- 2008年09月08日20:55
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